ホームステイから出る
ジョアンナは、彼女のいろんな過去の話をしてくれながらいつも"私はふみえをとても誇りに思っているのよ"と言ってくれる。16歳で私がアメリカに来てから、ずっと手紙でジョアンナに"いつか留学したい"って書いていて、その夢を叶えて本当にアメリカに来た私の事を誇りに思ってくれているらしい。"私はいつも友達にふみえの話をするのよ"と言ってくれて、とてもうれしかった。ジョアンナにも夢があって、いつかは弁護士か検事になりたいと言っていた。学校にも通っていたから、今までの過去を振り切る為にも絶対にその夢を叶えて欲しいと思っていた。
アメリカに来て、4ヵ月くらいの頃、私はホームスティから出ようと決めた。学校まで車で30分位かかるというのと冬になって雪が降ったら学校に行かれなくなるというのも理由だったけれども、私がホームスティしている間、私のホストファミリーは私から1円も取らなくて、それがちょっと窮屈になってしまったのだ。お父さんもお母さんも"ふみえは一生懸命お金をためてアメリカに来たんだから、無駄使いしないでいいから"と言って、私から一切お金を取らなかった。共働きなので、学校から帰っても私一人。その私の為に、ランチもちゃんと買っておいてくれる。もちろん朝食も夕食も。タダだからと言って、私に芝刈りをしろと言うわけでもなく、お皿を拭くくらい。洗濯もしてくれた。私が夜出かける時には、仕事から帰ってからすぐにシャワーに入る大工さんのお父さんも、そのまま早めの夕食を私と食べてくれた。でも、一つだけ私がイヤだった事があった。それは、お母さんが週末になると酔っ払う事だった。金曜の夜になると私は憂鬱になる。ウィスキーを飲み始めて、突然おしゃべりになる。普段は結構もの静かで読書が大好きなお母さんがカートに向かって"ドレミの歌"などを振り付きで歌ったりするのだった。ジョアンナは、すごいウケていたけれども、私はササーーーッと引いていくものがあった。また、そういう酔っている時に限って私にた〜くさんお話してくれる。お父さんとのなれ染めや、その他モロモロ。そういう時でないと、うまく自分を表現できないのかもしれなかったけれども、それだけがちょっとイヤだった。ちょうど同じ頃、クラスにいた日本人の女の子の真理が"ホストファミリーがちょっと。。。"なんて話していて、二人で一緒に住もうか?なんて話しになった。でも、ここまで良くしてくれた私のホストファミリーに、家を出ると言うのは、本当に辛かった。家を出る時は"ちょくちょく遊びに来るから。。"と言って泣いてしまった私だった。
アメリカに来て、4ヵ月くらいの頃、私はホームスティから出ようと決めた。学校まで車で30分位かかるというのと冬になって雪が降ったら学校に行かれなくなるというのも理由だったけれども、私がホームスティしている間、私のホストファミリーは私から1円も取らなくて、それがちょっと窮屈になってしまったのだ。お父さんもお母さんも"ふみえは一生懸命お金をためてアメリカに来たんだから、無駄使いしないでいいから"と言って、私から一切お金を取らなかった。共働きなので、学校から帰っても私一人。その私の為に、ランチもちゃんと買っておいてくれる。もちろん朝食も夕食も。タダだからと言って、私に芝刈りをしろと言うわけでもなく、お皿を拭くくらい。洗濯もしてくれた。私が夜出かける時には、仕事から帰ってからすぐにシャワーに入る大工さんのお父さんも、そのまま早めの夕食を私と食べてくれた。でも、一つだけ私がイヤだった事があった。それは、お母さんが週末になると酔っ払う事だった。金曜の夜になると私は憂鬱になる。ウィスキーを飲み始めて、突然おしゃべりになる。普段は結構もの静かで読書が大好きなお母さんがカートに向かって"ドレミの歌"などを振り付きで歌ったりするのだった。ジョアンナは、すごいウケていたけれども、私はササーーーッと引いていくものがあった。また、そういう酔っている時に限って私にた〜くさんお話してくれる。お父さんとのなれ染めや、その他モロモロ。そういう時でないと、うまく自分を表現できないのかもしれなかったけれども、それだけがちょっとイヤだった。ちょうど同じ頃、クラスにいた日本人の女の子の真理が"ホストファミリーがちょっと。。。"なんて話していて、二人で一緒に住もうか?なんて話しになった。でも、ここまで良くしてくれた私のホストファミリーに、家を出ると言うのは、本当に辛かった。家を出る時は"ちょくちょく遊びに来るから。。"と言って泣いてしまった私だった。
2009年1月23日|
カテゴリー:体験記