誰とも話せない。
新しいクラスでの一番最初の学期は、本当に辛かった。言いたい事が言えないし、相手が言っている事もよくわからない。どちらかというとおしゃべりな私が、学校ではず〜っと黙っていた。勇気を持って誰かに話しかけても、そっけない返事一つで終わり。どこかへ行ってしまう。私のクラスメイト達はほんの数人をぬかして、ほとんどが30〜40代だった。50代の人も1人か2人いたと思う。仕事をリタイアしてレストラン経営を目標に学校に来ている人とか、転職する為の人など色々。高校を卒業してすぐこのクラスに入った人は、その時は3〜4人くらいだった。
クラスの雰囲気は、とても明るくてひょうきんな人が多く、また、やたらハグをする人がたくさんいた。何かと言うと、誰かをからかってジョークを言うようなおじさん、おばさんもたくさんいた。。。のだけれども、私はみんなが笑っている時にも"え?"って感じで、わけがわからない。一人、私と同じ時期に入ったフィリピン人の女性がいて、この人は日本に住んでいた事もあるという事でよく話しかけてくれた。でも、この人はフィリピン人独特のフレンドリーさを発揮して、アメリカ人とも溶け込んでいた。私はすごくアセッた。今さらクラスを変える事はできないし、頼る日本人も居ない。毎朝5時すぎに起きて学校へ行って、教室のイスに座り理解できない話を聞いていた。キッチンでも、まわりをキョロキョロ見てどうにかその場をしのぐ、そんな毎日だった。
学校から帰ってきたら、ルームメイトの真理に一気に色々と話していたような気がする。学校で話せない分、家でそのストレスを発散していた。真理が居なかったら、ノイローゼになっていたかもしれない。
学校では、いろんな種類の肉類を何度まで調理しないといけないか、料理をしたら何度以上、何度以下に保たないと腐るか、などなどつまらないけれどもとても大切な事を習っていた。もちろん私には、理解できず、クラスが始まってすぐに受けさせられたテストには落ちた。どんどんアセるし、話す相手もいない。私とおなじ新入生が何人かやめていった。私もできる事なら、やめたかった。
前にも書いたけれども、私はこのクラスについてあまりよく知らなかった。こんなに料理の時間が多いとは知らなかったし(ホテルマネージメントのクラスももっとあると思っていた)、クラスが始まってキッチンコート、ナイフも何種類か買ったりしなければならないなんてしらなかったし、2年生になる為には"Sous Chef test"というのがあるなんて知らなかった。スーシェフというのは、アシスタントシェフという意味で、レストランにはシェフ(一番偉い)の次にアシスタントシェフである"スーシェフ"が居る。このクラスでのスーシェフの役割は、シェフインストラクターのアシスタントをする事。1年目の生徒に、シェフインストラクターと一緒に色々教えたりするらしい。英語もよくわからないこの私が、アメリカ人に物を教えるなんてできるわけがない!と思っていたし、このスーシェフテストはACFというアメリカンカリナリー フェデレーションという所のテスト50問と、ナイフカッツ、みじんぎりから角切り、鶏をおろすもの、マザーソースと呼ばれる基本になるソースを5つ作る事。そして、ブラックボックス。その日に出された材料でサラダ、メインディッシュ、デザートを4時間以内に作るという物などを2日間にわたってテストされる。これを知った時には、もう遅かった。どうして何も調べないでこんなクラスとっちゃったんだ〜〜とすごい後悔。"もう、1年目終わったら、日本に帰ろうかな〜"なんて言っていた。
クラスの雰囲気は、とても明るくてひょうきんな人が多く、また、やたらハグをする人がたくさんいた。何かと言うと、誰かをからかってジョークを言うようなおじさん、おばさんもたくさんいた。。。のだけれども、私はみんなが笑っている時にも"え?"って感じで、わけがわからない。一人、私と同じ時期に入ったフィリピン人の女性がいて、この人は日本に住んでいた事もあるという事でよく話しかけてくれた。でも、この人はフィリピン人独特のフレンドリーさを発揮して、アメリカ人とも溶け込んでいた。私はすごくアセッた。今さらクラスを変える事はできないし、頼る日本人も居ない。毎朝5時すぎに起きて学校へ行って、教室のイスに座り理解できない話を聞いていた。キッチンでも、まわりをキョロキョロ見てどうにかその場をしのぐ、そんな毎日だった。
学校から帰ってきたら、ルームメイトの真理に一気に色々と話していたような気がする。学校で話せない分、家でそのストレスを発散していた。真理が居なかったら、ノイローゼになっていたかもしれない。
学校では、いろんな種類の肉類を何度まで調理しないといけないか、料理をしたら何度以上、何度以下に保たないと腐るか、などなどつまらないけれどもとても大切な事を習っていた。もちろん私には、理解できず、クラスが始まってすぐに受けさせられたテストには落ちた。どんどんアセるし、話す相手もいない。私とおなじ新入生が何人かやめていった。私もできる事なら、やめたかった。
前にも書いたけれども、私はこのクラスについてあまりよく知らなかった。こんなに料理の時間が多いとは知らなかったし(ホテルマネージメントのクラスももっとあると思っていた)、クラスが始まってキッチンコート、ナイフも何種類か買ったりしなければならないなんてしらなかったし、2年生になる為には"Sous Chef test"というのがあるなんて知らなかった。スーシェフというのは、アシスタントシェフという意味で、レストランにはシェフ(一番偉い)の次にアシスタントシェフである"スーシェフ"が居る。このクラスでのスーシェフの役割は、シェフインストラクターのアシスタントをする事。1年目の生徒に、シェフインストラクターと一緒に色々教えたりするらしい。英語もよくわからないこの私が、アメリカ人に物を教えるなんてできるわけがない!と思っていたし、このスーシェフテストはACFというアメリカンカリナリー フェデレーションという所のテスト50問と、ナイフカッツ、みじんぎりから角切り、鶏をおろすもの、マザーソースと呼ばれる基本になるソースを5つ作る事。そして、ブラックボックス。その日に出された材料でサラダ、メインディッシュ、デザートを4時間以内に作るという物などを2日間にわたってテストされる。これを知った時には、もう遅かった。どうして何も調べないでこんなクラスとっちゃったんだ〜〜とすごい後悔。"もう、1年目終わったら、日本に帰ろうかな〜"なんて言っていた。
2009年1月23日|
カテゴリー:体験記