留学生活開始
シアトル/タコマ空港には、私が高校2年の夏にホームスティした時のホストファミリーのジョアンナが迎えにきてくれた。空港で彼女を見つけた時は嬉しくて飛びついた。ギュッとハグをして、ただお互いの顔を見てニコニコと微笑みあった。
そして、車にのって1時間半ちょっと走って私がこれから住む家に着いた。アナコーテスは私にとって、第二の故郷。前世で私は、絶対にここに住んでいたと信じている。湖があって、山がある。そして、かわいい家が広い道路を囲むように建っている。本当に、アメリカの映画に出てくるような所なのだ。小さな街だからみんな顔見知りで、スーパーなどに行くと、知り合いを見つけては立ち話になる。そんなアナコーテスで私の留学生活が始まった。
今回、私のホストファミリーに新しい家族が増えていた。それは、ホストシスターのジョアンナの息子のアンドリュー1歳。ホッペがプクプクのとってもかわゆい男の子。ジョアンナは、シングルマザーで、私が住む事になったジョアンナの両親の家のすぐそばにある、シングルマザー用のアパートに住んでいた。ここは、国からシングルマザーという事でサポートしてもらっている人が住んでいる。
家賃はタダ。
私は、母子家庭ながらも一生懸命みんな働いて頑張っているんだろうなんて思っていたのだけれども、違った。
働いて少しでもお金を稼ぐと国からのサポートが減るから、一日中何もしないで、ただ子供と遊んだり、友達とあそんだりしている人達ばかりだった。
結婚すると、そのタダのアパートから出なくてはならないから、結婚をしないで、内緒で男の人と一緒に住んでいる人もいたりした。
ジョアンナはそんな中で、"将来は弁護士か、検事になりたい"と言って、学校に通っていた。そのジョアンナと私は、朝一緒に学校に行く事になった。ジョアンナが朝私を迎えに来てくれて、学校まで車で30分かけて通った。途中で、アンドリューを保育園に降ろして、帰りもまたそこに寄ってアンドリューを連れて帰る。こんな感じで毎日が過ぎていった。
学校で最初の学期に私が取っていたクラスはESLがほとんどで、その他にアメリカの文化を勉強するソーシャルサイエンスというクラスと、アメリカ人と一緒に取るアートのクラス。ESLは、クラスに10人くらいの生徒がいて、その内8人くらいが日本人。その日本人のなかで、いきなりこの学校に入ってきたのは私ともう一人だけで、後は他の学校の英語学校で勉強してきた人達だった。
その人達は、みんな英語がうまかった。私は、すっごくアセッた。
みんなアメリカ人と話すのにすごく慣れていて、スラスラと話している。
私は"これからどうなってしまうんだろう。。。"と不安になった。
そして、車にのって1時間半ちょっと走って私がこれから住む家に着いた。アナコーテスは私にとって、第二の故郷。前世で私は、絶対にここに住んでいたと信じている。湖があって、山がある。そして、かわいい家が広い道路を囲むように建っている。本当に、アメリカの映画に出てくるような所なのだ。小さな街だからみんな顔見知りで、スーパーなどに行くと、知り合いを見つけては立ち話になる。そんなアナコーテスで私の留学生活が始まった。
今回、私のホストファミリーに新しい家族が増えていた。それは、ホストシスターのジョアンナの息子のアンドリュー1歳。ホッペがプクプクのとってもかわゆい男の子。ジョアンナは、シングルマザーで、私が住む事になったジョアンナの両親の家のすぐそばにある、シングルマザー用のアパートに住んでいた。ここは、国からシングルマザーという事でサポートしてもらっている人が住んでいる。
家賃はタダ。
私は、母子家庭ながらも一生懸命みんな働いて頑張っているんだろうなんて思っていたのだけれども、違った。
働いて少しでもお金を稼ぐと国からのサポートが減るから、一日中何もしないで、ただ子供と遊んだり、友達とあそんだりしている人達ばかりだった。
結婚すると、そのタダのアパートから出なくてはならないから、結婚をしないで、内緒で男の人と一緒に住んでいる人もいたりした。
ジョアンナはそんな中で、"将来は弁護士か、検事になりたい"と言って、学校に通っていた。そのジョアンナと私は、朝一緒に学校に行く事になった。ジョアンナが朝私を迎えに来てくれて、学校まで車で30分かけて通った。途中で、アンドリューを保育園に降ろして、帰りもまたそこに寄ってアンドリューを連れて帰る。こんな感じで毎日が過ぎていった。
学校で最初の学期に私が取っていたクラスはESLがほとんどで、その他にアメリカの文化を勉強するソーシャルサイエンスというクラスと、アメリカ人と一緒に取るアートのクラス。ESLは、クラスに10人くらいの生徒がいて、その内8人くらいが日本人。その日本人のなかで、いきなりこの学校に入ってきたのは私ともう一人だけで、後は他の学校の英語学校で勉強してきた人達だった。
その人達は、みんな英語がうまかった。私は、すっごくアセッた。
みんなアメリカ人と話すのにすごく慣れていて、スラスラと話している。
私は"これからどうなってしまうんだろう。。。"と不安になった。
2009年1月22日|
カテゴリー:体験記