ハイスクールのインンストラクターを辞める
クラスが終わるまであともう少しという所で、私はハイスクールクッキングクラスのアシスタントインストラクターのアルバイトを辞めた。その理由の一つは、自分のクラスだけで精一杯で、ハイスクールクラスまで手が回らなかったという事、でも第一の理由は、ハイスクールクラスの責任者であるカーメンの考え方と私の考え方が合わなかったからである。
月曜から木曜まで、前の学期と変わらず私はハイスクールクラスのアルバイトを続けていた。緊張も溶けて、ハイスクールのクラスで何を生徒達に作ってもらおうかと色々なレシピを探したり、時には生徒達にお寿司の作り方を教えたりもした。新しいハイスクールのクラスには、近所で発砲事件を起こして捕まった事がある生徒もはいって来ていて、小心者の私はかなりビビッていた。クラスには生徒が25人くらいいて、その半分は前学期と同じ生徒達だった。私としてはその2学期目の生徒達には新しい生徒達のお手本になってほしかったから、「新しい人達に教えてあげてね」なんて"ちょっとは信頼しているのよ"という所を見せてみた。が、私の期待はみごとにはずれ、新しい生徒達と一緒になって、食べ物をぬすんだり、キッチンから抜け出したりする生徒が続出した。残念な事に、その生徒達はすべてメキシカンの生徒達だった。今考えると、私とカーメンの気をひきたかったのかもしれない。カーメンが言うには、このメキシカンの生徒達のほとんどは、家族が苦労してアメリカに移民してきた子達ばかりだったから。。。
白人の生徒達の中には、つまみぐいなんてかわいい物では無くて、キッチンや学校の外で傷害事件を起こしたりするような生徒が何人か居て、これまた怖かったけれどもキッチンの中ではイヤイヤながらも言われた事をしっかりとやっていたから私は別に気にはかけていなかった。どうしても目につくのは、大きな声で歌を歌ったりしているメキシカンの数人。私は前の学期からの生徒で、新しい子と一緒に騒いでいる生徒を一人冷蔵庫の裏に呼んで「あなたには、新しい生徒のお手本になって欲しい」と言った。しかし、その生徒は知らん顔。同じメキシカンでもきちんとして、とっても協力的な生徒もたくさん居た。でも、ほんの数人がクラスの雰囲気をとても悪くしていた。私はカーメンに何度も名指しでどの生徒が影でなにをしているかを話した。でも、コスタリカ出身でスペイン語が話せるカーメンはどうしてもメキシカンの生徒の味方をする。そして、カーメンは「メキシカンの生徒は『ふみえは人種差別する』って言っている」と言ってきた。私はカーメンに「カーメンはどう思う?」と聞いたら「私もそう思う」という答えが返ってきた。私は信じられなかった。どうしてアメリカで日本人の私がメキシコ人を差別しなくてはならないのだ???私は笑ってしまった。
ある日、白人の生徒が「自分の友達が刺されて重体だから病院に行きたい」と言ってきた。しかし、この生徒はとても不真面目で何度もクラスを休んでいるからカーメンに「今日一度でもキッチンから外に出たら、あなたはクラスから出て行きなさい」と言われた。そのあとその生徒がキッチンから出て、外でキッチンに様子を見に来た友達と話しをしているのを見かけたからカーメンに報告したら、その生徒は「自分の友達が死んでもふみえはどうも思わないのか?」と言ってきた。私は「私には関係無い事だから、どうでも良い」と答えた。「あなたが普段からしっかりクラスに来ていたら、病院だってどこへだって行けたんじゃない?」といったらその生徒はキッチンへと戻って来た。こんな事の繰り返しで、結局この生徒は辞めさせられた。でも、毎日騒いで何もしないメキシカンの数人は相変わらず。でも、カーメンは怒らない。一人のメキシカンの女生徒は、決められているキッチンハットを絶対にかぶらない。かぶると格好が悪くなるからだそうだ。これが3日続いたらクラスから出ていくべきだと私はカーメンに言った。カーメンも賛成したにもかかわらず、一週間たってもその子はキッチンハットをかぶらない。私はカーメンには何を言ってもどうにもならないたとわかったから、クラス全体の責任者のクオモにカーメンと意見が合わないと話した。するとクオモからカーメンへ「カーメンはクラスで生徒が歌を歌っていたらまずいと思わないのか?」と聞いたら「思わない」、「生徒がキッチンハットをかぶらないと衛生上問題になる」と言っても「私には私のやり方があるので」としか言わない。このキッチンハットをかぶらない女生徒は、これが2学期目にもかかわらず、新しい男生徒二人と騒いでばかり。
ある日、クラスが早くおわったから教室でお料理のビデオを見る事になった。その時に、カフェテリアの残りのフレンチフライを生徒達は食べていた。私も同じ教室にいて、カーメンはどこかへ行っていなかった。するとキッチンハットをかぶらない生徒と歌を歌ってばかりの男子二人があるメキシカンの女生徒にフレンチフライを投げ始めた。私は「やめなさい」と言ってもやめない。フレンチフライを投げられたメキシカンの女生徒は、とても良い子で私のお気に入りの一人だったけれども、この悪い3人組みには「メキシカンなのに白人ぶっている」と言われていやがらせをされていた。結局騒ぎは終わらないままクラスは終わり、この3人組にはクラスに残ってもらってカーメンと私と5人で話す事になった。でも、このメキシカンの生徒の態度と来たら、私の想像を超えていた。そこで、私は一番してはならない行為をしてしまった。。。。といっても、殴ったりしたわけではなく大声で怒鳴ったのだった。今考えると、もっと冷静にどうしてなれなかったのかと思うけれども、私は自分で自分を抑える事ができなかったのだ。
次の日にクオモと話し合って「くやしいけれども辞めます」と言った。クオモも「それがいいみたいだね」と言った。"生徒と先生を両立するのは難しい"とベイキングの先生のダニーに言われ、私もそう思った。この時は、自分の勉強がおろそかになって、ハイスクールの事ばかりに振り回されていたような気がする。クオモとカーメンとは何度も何度も話し合って辞めると決めたのだけれども、本当に辞めるとなると心の中に何かモヤモヤとした物が残った。ハイクールの生徒達には、クオモから「ふみえは自分の勉強が忙しくなったから、辞めました」と伝えられたようだった。クラスの中の数人の生徒が「ふみえが辞めたら、カーメンがひいきしている子達が図に乗るから辞めないで!」と言ってくれたり、「またクラスに遊びに来てくれるよね?I miss you」なんて言ってくれる優しい男子生徒もいて、私はそれだけでも嬉しかった。同じクラスのクリスタルやテレサには、「時給5ドルなんだし、カーメンにこき使われるんだから早くやめちゃいなよ〜」とずっといわれていたので「辞めた」と彼女達に言った時には喜んでくれた。
ハイスクールのアルバイトを辞めた後は、放課後学校の近くのカントリークラブにキッチンコートを着たままダーツをしにいって、昼間からカクテルを空腹のまま飲んで酔ったまま45分かけて車で家にフラフラしながら帰った事も何度かあった。ハイスクールのクラスもたのしかったけれども、高校の頃は毎日のように友達と寄り道をして遊んでばかりいた私には、自分が高校の頃の生活が戻ってきたような気がして嬉しくもあった。
最後にこのハイスクールクラスは、私が辞めた2週間後になくなってしまった。私の変わりにハリーがアシスタントをしていたのだけれども、高校の方がクッキングクラスに使うお金がなくなったと言う事でなくなってしまったのだ。私が怒鳴った生徒だけれども、一度だけバンケットの時にハイスクールの生徒と一緒になる機会があって私はなんとなく居心地が悪いかなと思っていたのだけれども、なれなれしく「ふみえ!元気?」なんて一番最初に話しかけてきたのがあの二人組だった。なんかずっとケンカ別れしていた友達と仲直りできたようで気分が良かった。私がアシスタントだった時は「つまみぐいしちゃダメ!」ばかり言っていたのに、積極的に「これ食べる?」なんて食べ物をたくさん与えてしまった。でも、キッチンハットをかぶらなかった女生徒はずっと知らん顔。やっぱり女ってコワイと思った。
月曜から木曜まで、前の学期と変わらず私はハイスクールクラスのアルバイトを続けていた。緊張も溶けて、ハイスクールのクラスで何を生徒達に作ってもらおうかと色々なレシピを探したり、時には生徒達にお寿司の作り方を教えたりもした。新しいハイスクールのクラスには、近所で発砲事件を起こして捕まった事がある生徒もはいって来ていて、小心者の私はかなりビビッていた。クラスには生徒が25人くらいいて、その半分は前学期と同じ生徒達だった。私としてはその2学期目の生徒達には新しい生徒達のお手本になってほしかったから、「新しい人達に教えてあげてね」なんて"ちょっとは信頼しているのよ"という所を見せてみた。が、私の期待はみごとにはずれ、新しい生徒達と一緒になって、食べ物をぬすんだり、キッチンから抜け出したりする生徒が続出した。残念な事に、その生徒達はすべてメキシカンの生徒達だった。今考えると、私とカーメンの気をひきたかったのかもしれない。カーメンが言うには、このメキシカンの生徒達のほとんどは、家族が苦労してアメリカに移民してきた子達ばかりだったから。。。
白人の生徒達の中には、つまみぐいなんてかわいい物では無くて、キッチンや学校の外で傷害事件を起こしたりするような生徒が何人か居て、これまた怖かったけれどもキッチンの中ではイヤイヤながらも言われた事をしっかりとやっていたから私は別に気にはかけていなかった。どうしても目につくのは、大きな声で歌を歌ったりしているメキシカンの数人。私は前の学期からの生徒で、新しい子と一緒に騒いでいる生徒を一人冷蔵庫の裏に呼んで「あなたには、新しい生徒のお手本になって欲しい」と言った。しかし、その生徒は知らん顔。同じメキシカンでもきちんとして、とっても協力的な生徒もたくさん居た。でも、ほんの数人がクラスの雰囲気をとても悪くしていた。私はカーメンに何度も名指しでどの生徒が影でなにをしているかを話した。でも、コスタリカ出身でスペイン語が話せるカーメンはどうしてもメキシカンの生徒の味方をする。そして、カーメンは「メキシカンの生徒は『ふみえは人種差別する』って言っている」と言ってきた。私はカーメンに「カーメンはどう思う?」と聞いたら「私もそう思う」という答えが返ってきた。私は信じられなかった。どうしてアメリカで日本人の私がメキシコ人を差別しなくてはならないのだ???私は笑ってしまった。
ある日、白人の生徒が「自分の友達が刺されて重体だから病院に行きたい」と言ってきた。しかし、この生徒はとても不真面目で何度もクラスを休んでいるからカーメンに「今日一度でもキッチンから外に出たら、あなたはクラスから出て行きなさい」と言われた。そのあとその生徒がキッチンから出て、外でキッチンに様子を見に来た友達と話しをしているのを見かけたからカーメンに報告したら、その生徒は「自分の友達が死んでもふみえはどうも思わないのか?」と言ってきた。私は「私には関係無い事だから、どうでも良い」と答えた。「あなたが普段からしっかりクラスに来ていたら、病院だってどこへだって行けたんじゃない?」といったらその生徒はキッチンへと戻って来た。こんな事の繰り返しで、結局この生徒は辞めさせられた。でも、毎日騒いで何もしないメキシカンの数人は相変わらず。でも、カーメンは怒らない。一人のメキシカンの女生徒は、決められているキッチンハットを絶対にかぶらない。かぶると格好が悪くなるからだそうだ。これが3日続いたらクラスから出ていくべきだと私はカーメンに言った。カーメンも賛成したにもかかわらず、一週間たってもその子はキッチンハットをかぶらない。私はカーメンには何を言ってもどうにもならないたとわかったから、クラス全体の責任者のクオモにカーメンと意見が合わないと話した。するとクオモからカーメンへ「カーメンはクラスで生徒が歌を歌っていたらまずいと思わないのか?」と聞いたら「思わない」、「生徒がキッチンハットをかぶらないと衛生上問題になる」と言っても「私には私のやり方があるので」としか言わない。このキッチンハットをかぶらない女生徒は、これが2学期目にもかかわらず、新しい男生徒二人と騒いでばかり。
ある日、クラスが早くおわったから教室でお料理のビデオを見る事になった。その時に、カフェテリアの残りのフレンチフライを生徒達は食べていた。私も同じ教室にいて、カーメンはどこかへ行っていなかった。するとキッチンハットをかぶらない生徒と歌を歌ってばかりの男子二人があるメキシカンの女生徒にフレンチフライを投げ始めた。私は「やめなさい」と言ってもやめない。フレンチフライを投げられたメキシカンの女生徒は、とても良い子で私のお気に入りの一人だったけれども、この悪い3人組みには「メキシカンなのに白人ぶっている」と言われていやがらせをされていた。結局騒ぎは終わらないままクラスは終わり、この3人組にはクラスに残ってもらってカーメンと私と5人で話す事になった。でも、このメキシカンの生徒の態度と来たら、私の想像を超えていた。そこで、私は一番してはならない行為をしてしまった。。。。といっても、殴ったりしたわけではなく大声で怒鳴ったのだった。今考えると、もっと冷静にどうしてなれなかったのかと思うけれども、私は自分で自分を抑える事ができなかったのだ。
次の日にクオモと話し合って「くやしいけれども辞めます」と言った。クオモも「それがいいみたいだね」と言った。"生徒と先生を両立するのは難しい"とベイキングの先生のダニーに言われ、私もそう思った。この時は、自分の勉強がおろそかになって、ハイスクールの事ばかりに振り回されていたような気がする。クオモとカーメンとは何度も何度も話し合って辞めると決めたのだけれども、本当に辞めるとなると心の中に何かモヤモヤとした物が残った。ハイクールの生徒達には、クオモから「ふみえは自分の勉強が忙しくなったから、辞めました」と伝えられたようだった。クラスの中の数人の生徒が「ふみえが辞めたら、カーメンがひいきしている子達が図に乗るから辞めないで!」と言ってくれたり、「またクラスに遊びに来てくれるよね?I miss you」なんて言ってくれる優しい男子生徒もいて、私はそれだけでも嬉しかった。同じクラスのクリスタルやテレサには、「時給5ドルなんだし、カーメンにこき使われるんだから早くやめちゃいなよ〜」とずっといわれていたので「辞めた」と彼女達に言った時には喜んでくれた。
ハイスクールのアルバイトを辞めた後は、放課後学校の近くのカントリークラブにキッチンコートを着たままダーツをしにいって、昼間からカクテルを空腹のまま飲んで酔ったまま45分かけて車で家にフラフラしながら帰った事も何度かあった。ハイスクールのクラスもたのしかったけれども、高校の頃は毎日のように友達と寄り道をして遊んでばかりいた私には、自分が高校の頃の生活が戻ってきたような気がして嬉しくもあった。
最後にこのハイスクールクラスは、私が辞めた2週間後になくなってしまった。私の変わりにハリーがアシスタントをしていたのだけれども、高校の方がクッキングクラスに使うお金がなくなったと言う事でなくなってしまったのだ。私が怒鳴った生徒だけれども、一度だけバンケットの時にハイスクールの生徒と一緒になる機会があって私はなんとなく居心地が悪いかなと思っていたのだけれども、なれなれしく「ふみえ!元気?」なんて一番最初に話しかけてきたのがあの二人組だった。なんかずっとケンカ別れしていた友達と仲直りできたようで気分が良かった。私がアシスタントだった時は「つまみぐいしちゃダメ!」ばかり言っていたのに、積極的に「これ食べる?」なんて食べ物をたくさん与えてしまった。でも、キッチンハットをかぶらなかった女生徒はずっと知らん顔。やっぱり女ってコワイと思った。
2009年1月23日|
カテゴリー:体験記