排卵誘発剤(クロミッドなど)の副作用の症状
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| その後、一度服用をやめて、再開してからは副作用はなし | |||||
| 【クロミッド+hMG】 | |||||
| お腹の張り、Hしたとき少量の出血 | |||||
| 【hMG(ヒュメゴン)】 | |||||
| 頭痛、めまい、吐き気 | |||||
| 【セキソビット】 | |||||
| 卵が大きくならず、効果がありませんでした | |||||
| 【クロミッド】 | |||||
| 2〜3周期目から頚管粘液が少なくなり、内膜が薄くなりました(生理の量が以前より減る)。ちなみに最初 は生理5日目から飲んでいたのですが、最近は生理1日目からのほうがいいのではないかと言われてい ます(はっきりわかりませんが) | |||||
| ク ロミッドについてですが、副作用は頭痛と吐き気があります。はじめは「もしかしたら妊娠したかもしれない!!」と思いました。ちょっとまぎらわしいです。 あと、長期服用すると効果がなくなります。(Dr.が言っていました) 私は2錠から始めて4ヶ月で効果がなくなってしまって、今回は3錠になりました。 | |||||
| 【クロミッド】 | |||||
| すごく抵抗があったけど、妊娠への近道だと思って服用しています。(特別、排卵障害ではなかった。) 副 作用は軽いめまいと便秘になります。服用中はなるべく水分などをとるようにしています。 | |||||
| 【HMG−HCGの注射の副作用】 | |||||
| 私は多嚢胞性卵巣症候群なので、HMGの注射にとてもよく反応するのですが、これまでに2度の卵巣過激刺激症候群を起こしました。1度目の時はHCG注射 の2日後に激しい下腹部の痛みとともに目が覚めて即入院となり、その周期は妊娠しませんでした。2度目の時は、HCG注射の1週間後ぐらいから下腹部が痛 くなり始めて次第にお腹がパンパンになり入院。その時に妊娠反応は陽性がでましたが子宮内外同時妊娠でした。 2度とも状態は重症で入院して点滴管理が必要となります。胸水まではたまらなかったけど、腹水は胃のあたりから下腹部にかけてパンパンに腫れます。血液中 の水分がお腹に溜まってしまうので、血液が粘り脳梗塞を起こさないようにするためにバファリンを服用し、アルブミンを点滴して血液中に水分を戻す治療をし ました。2度目の時は妊娠していたので、卵巣は両方とも13センチぐらいにまで腫れていました。その為、卵管がねじれてはいけないので絶対安静にしなけれ ばならない状態でした。(トイレ以外は歩かないように言われました)入院期間は10日間ぐらいで後1週間自宅療養です。 卵巣過激刺激症候群はものすごくしんどい状態です。腹水が胃を圧迫するので何も食べられず、何も吐くものも無いのに吐いてしまうのでのでとってもえらい! 腹水が増水すると、立っても寝ていてもしんどくて苦痛でした。歩く姿は妊婦さんそのもの。妊婦に間違えられるほどお腹が腫れるのです。 | |||||
| 私が病院でクロミッドをもらったのは、1人目をつくろうと しているときでした。 当時、病院で老人介護をしていた私は、時間も不規則で ストレスはたまりがちで、原因ははっきりわからないけど 排卵しない月が多かったんです。 | |||||
| 薬を飲むのには少し抵抗があったけど、これで排卵するかも しれないのなら、試してみようと思いました。 5日間飲むようにと言われて、飲み始めて2日目に 副作用がでてきました。 吐き気や眠気がひどく、仕事中、何度も倒れそうになり その日は早退をしました。 その後、あと3日だからと思い、つらいのをがまんして 飲みましたが、仕事が思うようにできず、私は病気なんじゃ ないかと思うほどでした。 | |||||
| あれだけがまんして飲んだけど、排卵はしませんでした。 私にはあわなかったのか、その後、薬での治療はこわくて 薬をもらうのはやめました。 副作用が全然ない人もいるようですが、副作用を我慢してまで 薬を飲んでも、それが精神的な負担になり、かえって排卵しずらく なるかもしれないと思います。 | |||||
| 私 の場合ホルモン剤には結構過剰に反応してしまいます。一人目の時はクロミッドを2錠飲んでいたのですが、子宮けい管粘液が少なくなるからと、3周期目から AIHをすることになりました。その時はめでたく妊娠・出産できました。二人目の治療をはじめてから、またクロミッドを飲みましたが、2錠ではきかなくな り3錠に増やすと、自分でもわかったのですが、粘液が減りました。その上、子宮内膜も6ミリぐらいにしかならなくて、卵胞は成長したのに、AIHすら出来 なかったことがあります。クロミッドのせいで、粘液が少なくなり、内膜も分厚くならなくなるようです。今は、HMGの注射に変えましたが、私の場合は多嚢 胞性卵巣でもあるので、過剰に反応してしまい、卵巣が7センチにまで張れ、その中に卵胞が10個以上できてしまうこともありました。副作用としては、つわ りのような吐き気もありました。ちなみに長男のときは、左に2個右に1個卵胞ができていました。 |
2009年1月13日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:不妊・出産・子宮外妊娠の体験
妊娠検査薬
| 私は去年の4月に結婚しました。結婚前からすぐに赤ちゃんが欲しいと思ってて基礎体温を測って排卵日を調べ たり、生理痛の薬をやめたりしました。友達も「避妊をやめて1回でできた」と言う話しを聞いたりとかで赤ちゃんはすぐできると思い込んでいました。でも実 際はそんな甘いものではなかったのです・・・・・。 |
| 排卵日にHしたり、4日に1回とか2日に1回とかいろんな期間をあけて、試してみたけど、毎月ヤツはやってきました・・。何度も今回はイケたと思ったことか・・・・・・。 |
| だんだん「不妊かな?」と気になりだし去年の12月に病院で簡単な内診をしたけど、心配するほどではないとの事でした。 |
| そして年が明け2月になり生理前の腰痛や腹痛で「また失敗した・・・」と思い始めたのですが、生理予定日が来てもヤツは来なくて・・・。気が早いと思いつ つ妊娠検査薬を試してみるとマイナス・・・・。「やっぱり・・・。」とまた落ち込みましたが次の日になってもヤツは来なくて、次の日も来ない・・・。また 試してみると薄くプラスでした。でもすごく薄いので、まだ素直に喜べなくて毎日いろんな妊娠検査薬を試しました。どれも濃いプラスはでなかったけど病院に 行くことにしました。 |
| でも病院の尿検査マイナス・・・・。超音波にも黒点はうつってなくて・・。先生に子宮外妊娠の可能性があるとか流産がどうこうと言う話しをされて、すごく不安でした。 |
| 1週間後に検査だったのですが、その1週間は私にとってすごく長く不安だらけで・・・・・。そんな時この☆のみんなに、たくさんの勇気をもらいました。みんな励ましてくれて。。すごくうれしかった!! |
| そして1週間後。。検査してみると尿検査がプラスに!超音波にも黒点が!!念願の妊婦です。 |
| 現在は妊娠11週で赤ちゃんもとても順調ですっ!!!! |
| 私は☆で年のことは言わなかったのですが、実は19歳。もうすぐ20歳になるけど年の事を言うとみんなに「若いんだからすぐできるよ!」と思われるのがイヤだったのです。 |
| 近所の人や親戚の人に早く赤ちゃんが欲しいと言うと「まだ若いんだから焦らなくてもすぐできる」と何人もの人に言われました。でもヤツが来るたび、このま まずっとできないかもと不安でした。私にとってこの言葉はとてもツラくなる言葉です。私は何歳でも赤ちゃんを欲しいと思う気持ちはみんな一緒だと思うか ら。。。。 |
| 実際、1年弱できなかったし・・・・・・。 |
| 私よりも長い不妊期間の人、ツライ不妊治療をしてる人はたくさんいるとおもいます。幸い私は結婚して1年弱で赤ちゃんができ、不妊治療をしていませんが、 あかちゃんができるまでの期間は私にとって長いものであり、欲しい欲しいと思う気持ちはみんなと一緒でとてもよくわかります。 |
| 赤ちゃんを欲しがってる人に1日も早く赤ちゃんがやってくる事を願ってます。 |
2009年1月13日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:不妊・出産・子宮外妊娠の体験
やっとやってきた私の赤ちゃん
| 私は子宮外妊娠を経験し、その後娘を出産、今は2人目妊娠中です。2人目の妊娠に至るまでの不妊治療など少しでもみんなさんの参考になればと思います。 | |
| H16年5月 結婚 | |
| 結婚式、新婚旅行の為、生理を早くする薬を服用。 | |
| H16年6月 | |
| 妊 娠とまったく気がつかず少量の出血と激しい腹痛がだらだら2週間続く。それから、おかしいので、病院に行くが生理を早める薬を飲んだためホルモンのバラン スが崩れたのだろうと言われる。しかし、ずっと出血が続きまたK産婦人科に行く。妊娠反応が出て流産と診断されすぐ掻爬。掻爬した物を検査にまわし子宮外 妊娠と診断される。すぐに左卵管を摘出の緊急手術。 | |
| *これからが私の長くて辛い不妊症の始まりでした。 | |
| H16年9月 | |
| 1度生理になったきり生理がなくまたK産婦人科へ。すぐにでも子供が欲しかったので基礎体温を付ける。K産婦人科は私もそこで生まれた古い病院でもうお産もやってない病院だけど先生がとってもやさしく、そこの病院に通う。 | |
| H17年6月 | |
| K先生は「自然にまかせなさい」と薬もだしてくれなくて生理がほとんどなく、基礎体温もバラバラでついにN産婦人科に転院。 | |
| 義 姉の妊娠。義兄夫婦は私達の1ヶ月後の結婚と同じくらいだったので、ショックでした。私だって外妊でなければ・・・・。旦那と大喧嘩して、泣きながら実家 に自転車で、夜中に家に帰り朝まで母と姉に話を聞いてもらったのを覚えてます。あの時が一番辛かった。(それからは旦那の実家に帰省する度に喧嘩) | |
| それから通気を2回。N産婦人科もお産で有名な病院で古い検査器具で、食べた物を全部もどしフラフラになりながらの通気でした。 | |
| H17年8月 | |
| 不 妊の知識がないらしく排卵誘発剤をいきなりたくさん出され、両方の卵巣が5〜6倍に腫れお腹がパンパンで痛くて2週間安静、点滴。そのため、卵巣がねじれ て朝方ものすごい痛みで目が覚めてすぐ病院に行く。でも先生はすぐ見てくれず、結果、診察時間まで待たされ、ショックだった。 | |
| 後で聞いた話なんですがN産婦人科で卵巣が腫れたって患者さんがたくさんいるらしい。だから排卵誘発剤は不妊専門の病院できちんと検査してもらってからでないと大変な事になると今思ってます。 | |
| H17年9月 | |
| 黄 体機能不全と言われ注射に通うことになったが、正社員で仕事をしていたので毎日の注射も仕事を抜けて行ってました。 ある時お産の為突然休診になってい て、私は注射だけだし仕事も抜けて来てることや、この注射を逃すと妊娠できないとそこまで思いつめてた事もあり、看護婦さんに注射だけなのでとお願いした らすごくイヤな顔されてすごく冷たく、「次はいつなのかは知りませんよ。」と言われ涙が止まりませんでした。 | |
| そしてそれからはまたやさしい先生のK産婦人科に転院しました。なんといってもやさしかったので。でも、相変わらず「自然にまかせなさい」ばかり。それは手術の時、右の卵管はきれいだったと言う事だったみたいです。 | |
| でも、ある日耐えられなくて先生の前で大泣き。そしたらやっと先生が「そこまで思いつめてたのなら」とやっと不妊専門のK産婦人科を紹介してくれました。 | |
| H18年1月 | |
| 不妊専門のK産婦人科に転院。そこで思い切って不妊治療に力を入れるため、仕事をやめる(仕事との両立に疲れたので)。K産婦人科は妊婦さんがいないだけでもホッとしたのが正直な気持ちでした。 | |
| 【治療の内容】 クロミッド 1錠1日2回、プレドニン 1錠1日1回、テルロン、高プロラクチン血症の為すごい吐き気で大変でした。通気検査は全然痛みはありませんでした。 | |
| *1人目も2人目も卵管造影も精液検査もしてません。先生が絶対必要と思わなかったため。手術の時右卵管はきれいだった事や通気もやってたしフーナーで精子もたくさんいた事など・・・。そしてタイミング指導でした。 | |
| H18年9月 | |
| パートをしだした矢先に妊娠。 | |
| H18年10月 | |
| 稽留流産。またパートを辞める。 | |
| H18年11月 | |
| 1度生理がきてまたすぐ不妊治療に通う。 | |
| H18年12月 | |
| 妊娠。でもだらだら出血。切迫流産で1ヶ月に入院。 | |
| H19年8月 | |
| 陣痛から3時間の超安産で娘を出産。 | |
| *2人目不妊 | |
| H19年11月 | |
| 母乳を止めて1度生理になったきり生理がない。基礎体温はめちゃくちゃ。またすぐ不妊専門のk産婦人科へ。治療はクロミッド 1人目と同じプレドニン、プロラクチンは正常値でした。タイミング指導をしてもらいました。 | |
| H19年9月 | |
| 妊娠しないので通気をやる。問題なし。 | |
| H20年11月 | |
| 卵管造影をやろうと思ってたら妊娠。 | |
| H21年2月 | |
| もうすぐ5ヶ月になります。 | |
| *1 人目の時はほとんどノイローゼみたいになり、そんな自分もイヤでたまりませんでした。毎日毎日泣かない日はないくらいで泣いてストレス発散してる感じでし た。私の経験から言うと、病院ははじめから不妊専門にかかってればもっと早く妊娠できたのでは?と思いました。それから、その先生がとっても信頼でき「こ の先生なら妊娠できる」と気持ちがリラックスできたので良い先生に巡り会うことも大切だと思います。 | |
| *2人目はいつかはきっと妊娠できるって、少し不妊治療に慣れてたので心にゆとりがありました。でもストレスはやっぱりかなりあり、落ち込む事の方が多かったです。でもやっぱりK先生がいてくれたからだと思います。 | |
| 支離滅裂で、なんの参考にもならないかもしれませんがみなさんにも1日も早くこうのとりがやって来ることを信じてます。きっときっと。 | |
2009年1月13日|コメント (0)|トラックバック (0)
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ふっこの心配性、不妊歴!?
| ふっこは、去年の5月に27歳で結婚して、すぐに赤ちゃん欲しくって、解禁に しました。 |
| もともと、ものすごい、生理不順。無月経に近かったかも。 半年に1回程度だったの。 |
| 自分では、小学校から大学まで、陸上をやっていて、人より激しい スポーツを続けていたせいなんだ、とか勝手に解釈してたんだけど、反面、昔々、中学校ぐらいに姓名判断を親がしてもらった時に、婦人科系が弱く、子供は、出来ないかもね〜なんて、ことを言われて いたので気にはしていたんだけど、とっても小心者のふっこは、 病院へ行けなかったのでした。 |
| だから、早めに解禁にしていたのね。 でも、相変わらず、生理は、半年ぐらいに1度でした。冬に一度、病院へ行ったんだけど、まだ、結婚して1年たってないんだからって、何も内診すらしてもらえず、帰されました。 |
| そして、きっかり、結婚1年経った、今年の5月に、再度病院へ(もちろん 違う病院だよ〜)。今度は、総合病院で2時間待ちは当たり前だけど、 きちんと、ガン検診、ホルモン検査、内診を初日にしてくれました。結果、内診で、卵巣嚢腫が、発見!中身は、水のようなので様子を見ましょうと、言うことになりました。そして、持参した基礎体温表を 見ながら、無排卵性月経と断定、次回の生理が来たら、クロミッド1錠を 5日間、服用するように言われて、次回へ。。。 |
| 次回の生理がなかなか来なくって、結局来てくれたのが、8月! クロミッドを服用して、生理から2週間目に卵胞チェック。 まだ、1.3cmで、17日目にもう一度チェック。今度は、2.8cm。 でも、高温期への移行がハッキリせずチャンスは無駄に。 |
| そんな私でも、卵が出来て、体温表が少しだけど、2層になったことに喜びを得てました。卵が普通なら2cm位になると排卵するのに 私は、2.8cm。この頃になるとお腹も張って辛いのに、先生は、無反応 無説明でした。 |
| そして、2度目のクロミッド服用後の卵胞チェック。18日目で2.8cm。今日明日でしょう・・・と、言われましたが、この時の頚管粘液の検査が メチャメチャ数値低くって、先生は、唸るだけでした。 |
| でも、3度目のクロミッド服用で、タイミングもズレズレだったのに、 赤ちゃんが来てくれました。ちょうど、このHPに出会った頃だったの。卵巣嚢腫の方も、何時の間にか消えていました。今は、右の卵巣が腫れているそうです。これも、2週間後の検診まで様子見と、言うことになってます。以上が、ふっこの不妊歴かな? |
2009年1月13日|コメント (0)|トラックバック (0)
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希望
なぜか、私はとてもすっきりした気分で退院することができました。それは、きっと病院の先生や看護婦さん、「星に願いを」の仲間、そして家族の励ましが あったからだと思っています。2度の子宮外妊娠。結果だけを見れば、「最悪」だと思います。でも、私は「最悪」だとは思っていません。これだけたくさんの 人の優しさに触れることができて、今までの私の経験は決して無駄じゃなかったと思っています。私はただ、ただ「赤ちゃんが欲しい」と思ってがんばってきた ので、こういう結果になったことを決して悔やんではいません。今は、やれるだけやった、がんばってよかったと思っています。そして、私にはまだまだ「希 望」があります。自然妊娠は無理になったけど、まだまだやりたいことがたくさんあります。「夢」があります。そして、心も体ももっと元気になって、再び 「赤ちゃんが欲しいからがんばってみよう」と思えるようになったときは「体外受精」という方法が残されています。そう、どんな人にも必ず「望み」があるは ず。私は今、そんな思いをたくさん抱いて、続きの道を一歩一歩、ゆっくり歩いていこうと思っています。
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
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2度目の子宮外妊娠
でも、神様はそう簡単には「赤ちゃん」に会わせてくれませんでした。再び悪夢の始まりでした。高温期17日目に出血。トイレから出てその場にへたり込み、 「うそ??また??お願い・・・」と叫んでいました。手が震えて、涙が出てきてしばらくどうすればいいのかわからなかったけど、とりあえず、病院へ行って みようと思い、車を走らせました。車の中では「今度こそ、絶対に生むからね。絶対に!!」っていう思いでいっぱいでした。先生は体温表と病院の検査薬の結 果を見て、「検査の反応が薄いし、体温が下がってきてるから、もしかしたら初期流産かもしれない。明日体温が上がってくれば妊娠持続の可能性もあるけど、 このまま体温が下がってきて生理のような出血があれば、初期流産でしょう。もう少し様子をみてみましょう」と。「初期流産」・・・そう聞いたときはショッ クでした。せっかく妊娠したのに・・・。でも、先生は陽性反応が出てるってことは着床したってこと・・と言ってくれたので、「今回だめでも、またきっと妊 娠するよね!!」っていう気持ちがわいてきました。だんなさんも「おしいところまでいったってことだから、だめでもまたがんばろう!!」そう言って励まし てくれました。でも、涙はとまりません、とめることができませんでした。
出血は5日で止まったけど、量や色が全く生理のような感じだったので、「やっぱり流産だったんだ・・・」と思い始めていました。でも、出血が止まった次の 日に体温が上がり始め、「高温」といってもいいくらいの上がり方だったので、なんだか不安になって、再び検査薬を試してみると、前よりも少し濃く線がでて いました。その2日後、体温も上がったままなので、もう一度検査薬をしてみると、もっと濃い線が。心配だったけど、前の子宮外妊娠のときのような出血がな いので、たまたまかな??とも思っていました。ううん、思いたかったのかも?前の受診から1週間後に受診するように言われていたので、病院に行って検査薬 のこと、体温のことを話してみました。先生は線の濃さでははっきりわからないからHCGの量を調べる検査を今日と来週にするから、このHCGの量が上がっ てくるようなら子宮外妊娠の可能性があるということでした。子宮外妊娠はだいたいの場合は出血がだらだら続くので、大丈夫だとは思うが・・・ということ。 少し安心した・・・がその安心も何時間も続きません。そう、前のような外妊の症状が出始めていました。腰痛、お腹のはり、吐き気・・・。そのときから嫌な 予感が。
| そ の2日後、おりものに血が混じります。慌てて病院へ。2日前のHCGの値が31だったと教えてもらいました。普通の妊娠ではこれが何万となるらしい。先生 は外妊でもこの値だったらこれから流産するかもしれないし、流産しなくても薬で治療できると思うと説明してくれました。私の思いはどんどん「子宮外妊娠 だ!!」という確信みたいなものに・・・。でもあの恐怖の開腹手術をしなくてもいいのなら、そう、卵管を残せるのなら・・・とそれだけを願っていました。 |
| 予定の受診日を待たずして、その3日後にめまいと吐き気、そして検査薬がすごく濃くでたので「間違いなく子宮外妊娠だ」と思い、再び病院へ行きました。尿 検査をするとHCGが130!!「やっぱり・・・」という気持ちと「どうして??」という気持ちが入り混じって、どうしていいかわからない。先生から 「HCGと体温の上がりからみて、多分子宮外妊娠でしょう。明日から入院してもらいます。これからHCGの経過をみていきましょう」という説明がありまし た。 |
入院した次の日、子宮の中に何か残ってるかもしれないということで、掻爬手術をしてみることになりました。前 の子宮外妊娠のときの恐怖から手術が怖くてたまりません。手術は全身麻酔で5分程度のもの。術後、先生からは「殆ど内容物がなかったから子宮外妊娠だと思 う」という説明をうけてがっかり。ただ、これで明日のHCGが下がれば、子宮外妊娠ではなくて、このまま退院できるとのこと。でも、次の日のHCGは 498にまで上がりました。 手術を怖がる私の気持ちも考えてくれて、抗が ん剤を使ってみることになりました。これで、卵管に残ってる繊毛組織を消すことができるらしい。2本くらいうって効果がでるはずだから、これで効果がでな ければ、ラバロ(腹腔鏡)手術で残ってる左卵管を切除しようということになりました。1本目の抗がん剤をうって、次の日のHCGが700、そして、その2 日後が1000。そして最後の望みをかけて、もう1本うちました。結果はHCG1500。「もうこれ以上このままにしておくことはできない。手術しよ う」。その一言で私のこの何日間の緊張がすっとなくなっていくのがわかりました。最後の望みも叶わなかった、これでもう自然妊娠はできない・・・急にいろ いろな思いがでてきて、涙がどんどん流れて、自分で自分の気持ちを抑えることができませんでした。涙でかすむ目をこすりながら、必死の思いで手術の承諾書 にサインをしました。
手術室に入ってからは、前の子宮外妊娠の卵管を切除したときの手術の恐怖からか震えがとまりませんでした。麻 酔をいれはじめるとき、最後に思いました。「あ・・・この卵管も1つですごくがんばってきてくれたのになあ」と・・・。そして、涙を流したまま記憶が薄れ ていきました。 術後の先生の説明で、やっぱり左の卵管に妊娠していたこと がわかりました。もちろん左卵管を切除。そう、私はとうとう両方の卵管を失ってしまいました。そして、とうとう自然に子供を授かるということができなく なってしまいました。いつも絶対に信じていました。「赤ちゃんはきっときてくれる」って・・・。でも、もうそれを信じることができなくなってしまいまし た。
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
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再び不妊治療
でも、友達が1人、2人と2人目を妊娠していくうちに焦りがでてきました。そのうち、1人っ子なのは我が家だけになり、「やっぱり私もどうしても、もう1 人赤ちゃんが欲しい。」と思うようになりました。そして、何よりもみーちゃんの「どうしてうちには赤ちゃんが来ないの??いつ来るの??」という一言で決 心しました。「つらいことから逃げたらいけないなあ。この子のためにも私ががんばって努力しないと・・・・」。
そして、手術から丁度1年が経ったのをきっかけに再び不妊治療が始まりました。もちろん、今年の七夕さまも家族で短冊を作り、お願いするのはただ1つでした。 「我が家にもまた赤ちゃんが来ますように・・・・」
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:不妊・出産・子宮外妊娠の体験
子宮外妊娠
手術から3週間経って、診察を受けると「ホルモン値が倍近くなってる。これは子宮外妊娠かもしれない。うちでは手術できないので紹介状を書くから総合病院 へ移って欲しい。」と先生に言われました。「え??何言ってるの??術後の経過が悪いだけって言ってたじゃない・・・・。」 何がなんだかわからないまま 即、1人目を産んだ総合病院へ行きました。先生は「とりあえず検査をしてみないとわからない。」とのこと。しかし、何度となく起こるお腹の痛み、すわるこ とができないくらいのおしりから突き上げるような痛み。そのうち、立ちくらみとめまいが起こり、検査結果を待つことなく病院へ行くことになりました。
内診してすぐに、私とだんなさんは先生に呼ばれ、「子宮外妊娠だと思います。もう妊娠10週目に入っているので緊急に手術しないと、卵管が破裂してしまう 可能性があります。実際に出血量もすでに多くなっています。即、手術します。」と。何も考える暇もなく車いすにのせられ、点滴を打たれ、手術室へ。手術室 に入り、恐怖心で震え、ショックで涙が止まらなくて・・・・。女の先生がやさしく「どっちのお腹が痛い??右?左?」と聞いたので「右です。」と答えると 「大丈夫、片方の卵管は残すから、まだまだ妊娠可能だし。でもショック が大きいみたいだから、局所麻酔だけど眠らせておくね。」と言われました。
| うっすらと遠くで聞こえる先生の声。「やっぱり右でしたね。」と・・・・。私は眠っているときのように夢を見ました。だんなさんとみーちゃんの夢。なんだか遠くへ引き離されて行くような夢。 |
| 気がつくと、病室でした。でも傷が痛くて何も話せません。ただ、ひたすら眠りたかった。ずっと、ずっと眠ったままでいれたらなあと思っていました。入院 中、先生は「卵管1つ残してるし、細菌感染もしていないから絶対にまた妊娠するよ。もしものときでもうちの病院は不妊外来もあるし、体外受精もしてるか ら・・。」と言って励ましてくれました。だんなさんも昼も夜も来てくれ、私が立ち直るために力になってくれました。みーちゃんはまだ2歳になったばかりな のに、1回も私に「だっこ」とか、無理を言ったりしませんでした。家族みんなの愛情に包まれ、私は思ったよりも早く元気になって、体も日に日によくなって いきました。 |
| もうすぐ退院するという日が七夕だったので、私は看護婦さんが作ってくれた短冊にお願いしました。「また、私のところに赤ちゃんが来てくれますように・・・」 |
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
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流産?
2 人目ということで近くの個人病院へ行きました。内診後、先生に「確かに妊娠しているけど、まだ早すぎて赤ちゃんは子宮内には見えないね。出血にも悪い出血 と妊娠には関係ない出血があるから、とりあえず1週間様子をみよう。」と言われました。でも、その2日後の朝方、今まで感じたことのないお腹とおしりから つきあげるような痛みでトイレに行くと真っ赤な出血。前日まで茶褐色のおりもの のような出血だったので驚いて、すぐに病院へ行きました。先生に「うー ん、まだ赤ちゃんは見えないね。出血してすぐだと真っ赤な血がでるんだよ。今の時点で考えられるのは、流産か子宮外妊娠か関係のない出血でまだ早すぎて赤 ちゃんが見えないか3つの可能性があるね。」と言われました。
| 1 週間後の診察でもまだ赤ちゃんは見えませんでした。個人病院なので1週間前のホルモン検査の結果がまだでていなくて、結局何も変わらないまま帰ろうとした 時先生に呼び止められて、他の部屋に案内されました。「ホルモンの検査結果が今届いたんだけど、ホルモン値が低すぎる。赤ちゃんは育つ見こみがありませ ん。不全流産でしょう。明日にでも掻爬手術をしましょう。」と先生。「何言ってるの??まさか、私が流産するなんて・・・。うそ、うそ、うそ。」と心の中 で叫び、病院にもかかわらず、あふれてくる涙を止めることができませんでした。 |
| それからどのようにして家まで帰ったのかも覚えていません。家に着いたら、みーちゃんが「お母さん、どうしたの??どうしたの??泣いたらだめだよ。」っ て心配そうに顔をのぞきこみ、私はみーちゃんに抱きついて泣きました。みーちゃんはタオルを持ってきて涙をふいてくれました。「この子のためにもがんばら ないと・・・。」って思ったけど涙を止めることはできませ |
手術は10分くらいの短いものでした。目が覚めると手術は終わっていて病室のベッドの上でした。ボーっと窓の外の景色をながめていると私の耳に赤ちゃんの 産声が聞こえてきました。小さい個人病院だったため、流産した人の病室が別に孤立しているわけでもなく、多分想像では私の病室と同じ階に分娩室があったの だと思います。看護婦さんがばたばた走っている音や家族らしき人の声も聞こえてきました。「もう手術してしまったんだし、だめだったものは仕方ない。」と 言いきかせても、自然に耳に入ってくるかわいい赤ちゃんの声を聞いていると、涙がでてきました。迎えに来てくれただんなさんに「大丈夫??」と聞かれても 「うん。」とうなずくのが精一杯でした。
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
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感動の出産
それから10分もたたないうちに看護婦さんの「おめでとう!!」という言葉が聞こえました。産まれてすぐは「へその緒」が赤ちゃんに巻きついていたため泣き声が聞こえなくて心配だったけど、数分後に泣き声が・・・・。 お父さんそっくりの女の子。涙がこみあげてきました。すぐに隣に寝かせてくれたので、顔もはっきりみることができました。まず最初に思ったことは「こんな に親に似るものなんだなあ。」ってこと・・・。「これが私たちの赤ちゃん」。今まで味わったことのない充実感と感動でした。
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
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