2度目の子宮外妊娠
不妊治療を開始して1年半が経った、2000年の2月。その周期もいつも通り、セキソビットという排卵誘発剤
を服用して、卵胞チェックに行きました。2回連続で卵管のないほうからの右排卵だったけど、今回待ちに待った左からの排卵。そして、私には珍しく排卵が早
くにきました。条件がばっちりだったので、すごく期待した高温期だったけど、引越しが重なったため、忙しさのあまり気がまぎれました。
でも、高温期が14日目を迎える頃から落ち着かなくなってきました。15日目に妊娠検査薬を試してみると、最初は真っ白だったのに、何時間か後に見ると、
うす〜く線が見えました。「え??ほんと??」。なんだか信じられなくて。でも、次の日にもう一度試してみたけど、出てる、出てる、線が!!だんなさんに
も見せて「ね、ね、見えるよね??」と聞くと、だんなさんも「見える、見える!!」って。2人で「やったね☆」って言いいながら、まだ胸がどきどきして信
じられませんでした。「今度こそ大丈夫!!絶対に赤ちゃんに会える!!」そんな気持ちでいっぱいでした。
でも、神様はそう簡単には「赤ちゃん」に会わせてくれませんでした。再び悪夢の始まりでした。高温期17日目に出血。トイレから出てその場にへたり込み、 「うそ??また??お願い・・・」と叫んでいました。手が震えて、涙が出てきてしばらくどうすればいいのかわからなかったけど、とりあえず、病院へ行って みようと思い、車を走らせました。車の中では「今度こそ、絶対に生むからね。絶対に!!」っていう思いでいっぱいでした。先生は体温表と病院の検査薬の結 果を見て、「検査の反応が薄いし、体温が下がってきてるから、もしかしたら初期流産かもしれない。明日体温が上がってくれば妊娠持続の可能性もあるけど、 このまま体温が下がってきて生理のような出血があれば、初期流産でしょう。もう少し様子をみてみましょう」と。「初期流産」・・・そう聞いたときはショッ クでした。せっかく妊娠したのに・・・。でも、先生は陽性反応が出てるってことは着床したってこと・・と言ってくれたので、「今回だめでも、またきっと妊 娠するよね!!」っていう気持ちがわいてきました。だんなさんも「おしいところまでいったってことだから、だめでもまたがんばろう!!」そう言って励まし てくれました。でも、涙はとまりません、とめることができませんでした。
出血は5日で止まったけど、量や色が全く生理のような感じだったので、「やっぱり流産だったんだ・・・」と思い始めていました。でも、出血が止まった次の 日に体温が上がり始め、「高温」といってもいいくらいの上がり方だったので、なんだか不安になって、再び検査薬を試してみると、前よりも少し濃く線がでて いました。その2日後、体温も上がったままなので、もう一度検査薬をしてみると、もっと濃い線が。心配だったけど、前の子宮外妊娠のときのような出血がな いので、たまたまかな??とも思っていました。ううん、思いたかったのかも?前の受診から1週間後に受診するように言われていたので、病院に行って検査薬 のこと、体温のことを話してみました。先生は線の濃さでははっきりわからないからHCGの量を調べる検査を今日と来週にするから、このHCGの量が上がっ てくるようなら子宮外妊娠の可能性があるということでした。子宮外妊娠はだいたいの場合は出血がだらだら続くので、大丈夫だとは思うが・・・ということ。 少し安心した・・・がその安心も何時間も続きません。そう、前のような外妊の症状が出始めていました。腰痛、お腹のはり、吐き気・・・。そのときから嫌な 予感が。
入院した次の日、子宮の中に何か残ってるかもしれないということで、掻爬手術をしてみることになりました。前 の子宮外妊娠のときの恐怖から手術が怖くてたまりません。手術は全身麻酔で5分程度のもの。術後、先生からは「殆ど内容物がなかったから子宮外妊娠だと思 う」という説明をうけてがっかり。ただ、これで明日のHCGが下がれば、子宮外妊娠ではなくて、このまま退院できるとのこと。でも、次の日のHCGは 498にまで上がりました。 手術を怖がる私の気持ちも考えてくれて、抗が ん剤を使ってみることになりました。これで、卵管に残ってる繊毛組織を消すことができるらしい。2本くらいうって効果がでるはずだから、これで効果がでな ければ、ラバロ(腹腔鏡)手術で残ってる左卵管を切除しようということになりました。1本目の抗がん剤をうって、次の日のHCGが700、そして、その2 日後が1000。そして最後の望みをかけて、もう1本うちました。結果はHCG1500。「もうこれ以上このままにしておくことはできない。手術しよ う」。その一言で私のこの何日間の緊張がすっとなくなっていくのがわかりました。最後の望みも叶わなかった、これでもう自然妊娠はできない・・・急にいろ いろな思いがでてきて、涙がどんどん流れて、自分で自分の気持ちを抑えることができませんでした。涙でかすむ目をこすりながら、必死の思いで手術の承諾書 にサインをしました。
手術室に入ってからは、前の子宮外妊娠の卵管を切除したときの手術の恐怖からか震えがとまりませんでした。麻 酔をいれはじめるとき、最後に思いました。「あ・・・この卵管も1つですごくがんばってきてくれたのになあ」と・・・。そして、涙を流したまま記憶が薄れ ていきました。 術後の先生の説明で、やっぱり左の卵管に妊娠していたこと がわかりました。もちろん左卵管を切除。そう、私はとうとう両方の卵管を失ってしまいました。そして、とうとう自然に子供を授かるということができなく なってしまいました。いつも絶対に信じていました。「赤ちゃんはきっときてくれる」って・・・。でも、もうそれを信じることができなくなってしまいまし た。
でも、神様はそう簡単には「赤ちゃん」に会わせてくれませんでした。再び悪夢の始まりでした。高温期17日目に出血。トイレから出てその場にへたり込み、 「うそ??また??お願い・・・」と叫んでいました。手が震えて、涙が出てきてしばらくどうすればいいのかわからなかったけど、とりあえず、病院へ行って みようと思い、車を走らせました。車の中では「今度こそ、絶対に生むからね。絶対に!!」っていう思いでいっぱいでした。先生は体温表と病院の検査薬の結 果を見て、「検査の反応が薄いし、体温が下がってきてるから、もしかしたら初期流産かもしれない。明日体温が上がってくれば妊娠持続の可能性もあるけど、 このまま体温が下がってきて生理のような出血があれば、初期流産でしょう。もう少し様子をみてみましょう」と。「初期流産」・・・そう聞いたときはショッ クでした。せっかく妊娠したのに・・・。でも、先生は陽性反応が出てるってことは着床したってこと・・と言ってくれたので、「今回だめでも、またきっと妊 娠するよね!!」っていう気持ちがわいてきました。だんなさんも「おしいところまでいったってことだから、だめでもまたがんばろう!!」そう言って励まし てくれました。でも、涙はとまりません、とめることができませんでした。
出血は5日で止まったけど、量や色が全く生理のような感じだったので、「やっぱり流産だったんだ・・・」と思い始めていました。でも、出血が止まった次の 日に体温が上がり始め、「高温」といってもいいくらいの上がり方だったので、なんだか不安になって、再び検査薬を試してみると、前よりも少し濃く線がでて いました。その2日後、体温も上がったままなので、もう一度検査薬をしてみると、もっと濃い線が。心配だったけど、前の子宮外妊娠のときのような出血がな いので、たまたまかな??とも思っていました。ううん、思いたかったのかも?前の受診から1週間後に受診するように言われていたので、病院に行って検査薬 のこと、体温のことを話してみました。先生は線の濃さでははっきりわからないからHCGの量を調べる検査を今日と来週にするから、このHCGの量が上がっ てくるようなら子宮外妊娠の可能性があるということでした。子宮外妊娠はだいたいの場合は出血がだらだら続くので、大丈夫だとは思うが・・・ということ。 少し安心した・・・がその安心も何時間も続きません。そう、前のような外妊の症状が出始めていました。腰痛、お腹のはり、吐き気・・・。そのときから嫌な 予感が。
| そ の2日後、おりものに血が混じります。慌てて病院へ。2日前のHCGの値が31だったと教えてもらいました。普通の妊娠ではこれが何万となるらしい。先生 は外妊でもこの値だったらこれから流産するかもしれないし、流産しなくても薬で治療できると思うと説明してくれました。私の思いはどんどん「子宮外妊娠 だ!!」という確信みたいなものに・・・。でもあの恐怖の開腹手術をしなくてもいいのなら、そう、卵管を残せるのなら・・・とそれだけを願っていました。 |
| 予定の受診日を待たずして、その3日後にめまいと吐き気、そして検査薬がすごく濃くでたので「間違いなく子宮外妊娠だ」と思い、再び病院へ行きました。尿 検査をするとHCGが130!!「やっぱり・・・」という気持ちと「どうして??」という気持ちが入り混じって、どうしていいかわからない。先生から 「HCGと体温の上がりからみて、多分子宮外妊娠でしょう。明日から入院してもらいます。これからHCGの経過をみていきましょう」という説明がありまし た。 |
入院した次の日、子宮の中に何か残ってるかもしれないということで、掻爬手術をしてみることになりました。前 の子宮外妊娠のときの恐怖から手術が怖くてたまりません。手術は全身麻酔で5分程度のもの。術後、先生からは「殆ど内容物がなかったから子宮外妊娠だと思 う」という説明をうけてがっかり。ただ、これで明日のHCGが下がれば、子宮外妊娠ではなくて、このまま退院できるとのこと。でも、次の日のHCGは 498にまで上がりました。 手術を怖がる私の気持ちも考えてくれて、抗が ん剤を使ってみることになりました。これで、卵管に残ってる繊毛組織を消すことができるらしい。2本くらいうって効果がでるはずだから、これで効果がでな ければ、ラバロ(腹腔鏡)手術で残ってる左卵管を切除しようということになりました。1本目の抗がん剤をうって、次の日のHCGが700、そして、その2 日後が1000。そして最後の望みをかけて、もう1本うちました。結果はHCG1500。「もうこれ以上このままにしておくことはできない。手術しよ う」。その一言で私のこの何日間の緊張がすっとなくなっていくのがわかりました。最後の望みも叶わなかった、これでもう自然妊娠はできない・・・急にいろ いろな思いがでてきて、涙がどんどん流れて、自分で自分の気持ちを抑えることができませんでした。涙でかすむ目をこすりながら、必死の思いで手術の承諾書 にサインをしました。
手術室に入ってからは、前の子宮外妊娠の卵管を切除したときの手術の恐怖からか震えがとまりませんでした。麻 酔をいれはじめるとき、最後に思いました。「あ・・・この卵管も1つですごくがんばってきてくれたのになあ」と・・・。そして、涙を流したまま記憶が薄れ ていきました。 術後の先生の説明で、やっぱり左の卵管に妊娠していたこと がわかりました。もちろん左卵管を切除。そう、私はとうとう両方の卵管を失ってしまいました。そして、とうとう自然に子供を授かるということができなく なってしまいました。いつも絶対に信じていました。「赤ちゃんはきっときてくれる」って・・・。でも、もうそれを信じることができなくなってしまいまし た。
2009年1月 9日|コメント (0)|トラックバック (0)
カテゴリー:不妊・出産・子宮外妊娠の体験
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